第19章 選択肢をつくる
第18章では、一括投資、段階投資、外注、延期、見送りを、現金と不確実性から比べました。投資計算が精密でも、比較する案が一つしかなければ、意思決定は「承認するか、拒否するか」に狭まります。
解決策を考えるとは、最初の案を磨くことではありません。異なる仕組みで目的を達成する選択肢を作り、同じ評価基準で比較します。
19.1 最初の案を仮説として扱う
ある SaaS 企業で、「初期設定につまずく顧客が多いので、案内機能を開発したい」という相談を受けたとします。案内機能は解決策の一つですが、まだ答えではありません。
最初の案には、少なくとも次の仮説が隠れています。
- つまずきの主因は操作方法が分からないことである
- 製品内の案内を見れば顧客は完了できる
- 開発は人による支援や対象変更より効果的である
- 完了率の改善は継続や粗利の改善につながる
案を否定するのではなく、何が正しければ有効なのかを分けます。すると、同じ目的を別の仕組みで達成する余地が見えます。
19.2 解決策を機能名から作らない
「チャットボット」「ダッシュボード」「研修」のような名詞から始めると、その機能を作る議論になります。先に、誰のどの行動や状態を、どの制約下で変えるかを置きます。
対象:
契約後 14 日以内の小規模顧客
変えたい状態:
初期設定の完了率を 55% から 75% 以上へ上げる
制約:
3 か月、初期支出 200 万円以内、支援担当者の追加採用なし
この目的なら、情報を分かりやすくする、作業を減らす、代行する、対象を変える、提供時期を変える、といった異なる方向から案を作れます。
19.3 異なる仕組みの選択肢を作る
案の数だけを増やしても、同じ仕組みの言い換えなら比較になりません。まず、変化を起こす仕組みを分けます。
| 仕組み | 選択肢の例 | 主な不確実性 |
|---|---|---|
| 説明する | 製品内ガイドを出す | 説明不足が主因か |
| 減らす | 初期設定項目を半分にする | 省略しても価値が出るか |
| 代行する | 初回だけ担当者が設定する | 支援費を回収できるか |
| 標準化する | 業種別テンプレートを用意する | 顧客差を吸収できるか |
| 対象を変える | 自力完了しやすい顧客へ絞る | 市場と売上を失わないか |
| 組み合わせる | テンプレートと短時間支援 | 複雑さに見合うか |
この段階では採点しません。早く評価すると、説明しやすい既存案だけが残るからです。一度発散し、似た案を束ねてから比較します。
選択肢づくりは、主要な原因仮説に対して異なる変化の仕組みがあり、現状維持、撤退、段階案が揃ったら一度止めます。会議には時間上限を置きます。新しい案が既存案と同じ因果経路の言い換えになるなら、数を増やす必要はありません。ここでいう異なる仕組みとは、顧客の状態が変わるまでの因果経路が異なることです。
19.4 現状維持、延期、撤退を必ず含める
新しい施策同士だけを比べると、何もしない費用と、やめる価値が見えません。
- 現状維持: 現在の提供を続ける。顧客離脱と支援負荷が残る
- 延期: 判断日を決め、選択を変える情報を待つ。学習遅延が生じる
- 撤退: 顧客通知、契約終了、データ移行、残存費用、担当者の再配置を含め、対象顧客や機能提供をやめる
- 段階案: 小さな証拠を得た後に、本投資を再判断する
現状維持は費用 0 ではありません。過去の損失ではなく、これから比較する期間に失う粗利、顧客信頼、担当者の時間を基準案の CF と能力へ反映します。撤退も失敗ではなく、目的に対して資源配分を変える選択肢です。
19.5 評価基準を案より先に決める
案を見てから評価基準を作ると、好みの案が勝つ基準を選べます。意思決定者は比較前に、目的、最低条件、評価基準、証拠を決めます。
この例では、次のように分けます。
| 種類 | 基準 | 証拠 |
|---|---|---|
| 最低条件 | 重大な安全・法務問題がない | 専門確認、事故記録 |
| 最低条件 | 低位でも最低現金を守る | 資金繰り表 |
| 成果 | 完了率を改善する見込み | 比較実験、行動ログ |
| 顧客 | 顧客の負担と不安を減らす | 観察、インタビュー |
| 実現 | 3 か月で提供可能 | 工数、依存関係 |
| 事業 | 累積粗利で費用を回収できる | 増分 CF、感度分析 |
最低条件を満たさない案は、合計点が高くても採用しません。採点で相殺できない条件を先に分けることが重要です。
基準と重みは、案を見る前に意思決定者が承認します。顧客・現場担当者は顧客負担と運用を、技術・法務・財務の確認者は各制約と証拠を確認します。評価参加者が多くても、最終決定者と停止権を持つ役割を曖昧にしません。
19.6 望ましさ、実現可能性、事業性を証拠へ戻す
望ましさ、実現可能性、事業性は便利な整理ですが、3 つの丸を埋めるだけでは判断できません。
- 望ましさ: 誰の行動や成果が変わる証拠があるか
- 実現可能性: 技術だけでなく、人、運用、法務、時間の制約を満たすか
- 事業性: 増分粗利、現金、能力、機会費用に耐えられるか
「顧客が欲しい」「技術的に可能」「売上が増える」というラベルではなく、観測事実、推定、未検証仮説を分けます。
19.7 重み付けは判断を透明にするために使う
重み付き評価は、基準ごとの点数に重要度を掛けて比較する方法です。最初に最低条件で不適格案を除き、残った選択肢だけを同じ期間、予算、対象、成果範囲で比べます。
100 点換算 = Σ(各基準の点数 × 重み)÷ 5
重みの合計は 100、点数は 5 点満点です。次の点数は説明用の仮置きで、実運用では各点数の隣に証拠を記録します。各基準の 1、3、5 点を評価前に定義します。例えば顧客成果なら、1 点は「改善を示す観測なし」、3 点は「小標本で代理指標が改善」、5 点は「対象群との比較で完了率が基準を超えた」とします。
| 基準 | 重み | ガイド | 代行 | テンプレート |
|---|---|---|---|---|
| 顧客成果 | 35 | 3 | 5 | 4 |
| 3 か月の実現性 | 25 | 3 | 5 | 4 |
| 12 か月の経済性 | 25 | 4 | 2 | 4 |
| 学習価値 | 15 | 3 | 5 | 4 |
| 100 点換算 | 100 | 65 | 85 | 80 |
最終行は基準ではなく計算結果です。100 点換算は表示を揃えるだけで、元の主観的な点数より精密な情報へ変わるわけではありません。
点数は事実ではありません。誰が何を重視し、どの証拠で評価したかを可視化する道具です。顧客成果と継続粗利のように同じ因果を重ねて数える基準や、点数差が同じ意味にならない尺度を安易に加算しません。安全や法令のように他の便益で相殺できないものは、最低条件にします。
証拠がなく点数を付けられない項目は、無難に 3 点とせず「未評価」または範囲で示します。順位が未評価項目や重みの小さな変更で逆転するなら、結論は頑健ではありません。ここでいう頑健とは、妥当な前提変更の範囲でも選択が変わらないことです。
合計点だけで決めず、次を確認します。
- 重みを少し変えると順位が逆転するか
- 1 点と 5 点の根拠を説明できるか
- 評価者が変わると大きく割れる基準は何か
- 最低条件違反を高得点で隠していないか
順位が重みに敏感なら、正解が出たのではなく、価値判断か証拠が未確定だと分かります。
例えば顧客成果の重みを 35 から 25 へ下げ、その 10 を経済性へ移したときに順位が変わるかを再計算します。未評価項目を最低から最高まで動かしても選択が変わらないなら、その調査は今は不要かもしれません。調査にも費用があるため、選択を変える情報を優先します。
上の例でも、代行の 85 点が自動的な採用を意味しません。顧客成果の点数が未検証なら、代行とテンプレートを少数顧客で比べ、その結果で再評価します。同時実験による顧客の混乱、提供能力、順序効果が大きい場合は、対象を分けるか順番に試します。重要な項目が未評価なら、今は選ぶ段階ではなく学ぶ段階です。
実験後は、目的と制約が変わっていなければ同じ基準で再評価します。顧客や事業の目的自体が変わったなら、点数だけを更新せず、問いと比較範囲から設計し直します。
19.8 ポートフォリオとして組み合わせる
一つの案だけを選ぶ必要がない場合もあります。ただし、良い案を全部足すと、責任と実装が複雑になります。
例えば、短期は 20 社へ手動代行して原因と支援時間を測り、中期は多い作業だけテンプレート化し、証拠が得られた部分だけ製品へ実装します。これは単なる盛り合わせではなく、学習順序を持つ段階案です。単独案と比較するときは、同じ 3 か月、200 万円以内、同じ対象顧客という境界を守ります。
組み合わせるときは、依存関係、総費用、運用能力、各段階の中止条件を再計算します。
初期比較では、すべての案に詳細見積もりを求めません。費用の桁、能力上限、致命的な依存関係を確認し、候補を絞ってから詳細化します。
19.9 AI に広げさせ、人が境界を決める
AI は、異業種の類似策、制約を反転した案、撤退や非開発案を出すのに向きます。
目的:
契約後 14 日以内の初期設定完了率を 55% から 75% へ上げる。
制約:
3 か月、200 万円以内、追加採用なし。
依頼:
1. 説明、削減、代行、標準化、対象変更、提携の仕組み別に案を出す
2. 現状維持、延期、撤退、段階案を含める
3. 同じ仕組みの言い換えを束ねる
4. 各案が有効になる仮説と、失敗する条件を書く
5. 小さな検証と、追加投資前の中止条件を書く
6. 私の最初の案を優遇しない
AI が出した案は、顧客、現場担当者、技術・法務・財務の責任者と確認します。存在しない能力、契約上できない運用、根拠のない効果を除きます。顧客情報や社内機密を入力する場合は、利用環境と契約を確認し、必要最小限へ匿名化します。
19.10 選択肢比較を意思決定記録にする
最終成果物は得点表ではなく、次の順で記入する意思決定記録です。
- 変えたい状態と期限
- 比較した選択肢と、除外した案
- 意思決定者、確認者、停止権を持つ役割
- 最低条件、評価基準、尺度、重み
- 各評価の証拠、推定、未知
- 重みを変えたときの順位変化
- 採用案、採用しない理由、反対意見、再検討を発動する条件
- 採用、実験、延期のいずれへ進むか
- 次の検証、責任者、判断日、中止条件
選ばなかった案も残します。前提が変われば、以前の次善案が最善になることがあるからです。
考えてみる問い
最近の提案を一つ選び、その機能名を使わずに目的を書いてください。次に、異なる仕組みの 3 案、現状維持、撤退、段階案を作り、案を見る前に決める最低条件と評価基準、まだ点数を付けられない項目を一つ書いてください。
選択肢を作るとは、案を大量に並べることではありません。目的と制約を固定し、異なる変化の仕組み、現状維持、撤退、段階案を比較可能にすることです。評価表は結論を自動化するためでなく、証拠不足と価値判断を見えるようにするために使います。
第20章では、選んだ解決策が誰の何をどう変えるのかを、機能の列挙ではなく価値提案の一文へ削ります。
参考資料
最終確認日: 2026 年 7 月 15 日。本章の仮想事例、選択肢表、評価表、AI への依頼例は、以下の資料を踏まえた本書独自の整理です。
- HM Treasury ― The Green Book ― 現状維持を含む選択肢の作成と評価、感度・切替値の考え方を参照。本章の SaaS 事例と選択肢生成手順は本書独自の整理
- UK Government ― The Aqua Book ― 分析の品質保証、前提、不確実性、意思決定者と分析者の関係を参照。本章の評価尺度と意思決定記録は本書独自の整理